大黒摩季



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大黒摩季

 普段そんなにスポーツに関心のない僕も、4年に一度のオリンピックが近づいてくると、何だか妙に落ち着かなくなる小市民の一人だ。 NHKのオリンピックプログラムのテーマ曲になった大黒摩季のニューシングル「熱くなれ」は、音楽の持つハイテンションなパワーで、 アトランタに向かって昇りつめようとする人たちの「ワクワク」を、後ろから愛情たっぷりに蹴り上げてくれる。
 レコーディング中の大黒と話をする機会を得た僕は、そのオリンピックのテーマ曲というスペシャルなシチェーションに彼女が”何を感じ“”何をやった“か。 そしてかなり気になるニューアルバムの内容、さらに「年内か?」 とちまたでうわさされるライブについてなどなど、 聞きたいこと言いたいことをそれこそ遠慮なしにぶちまけてみた。


●昨年出版したビジュアル散文集『TWO HALF』についての摩季さん自身のコメントをあまり聞いてないんで、まずその話をここでお聞きしたいのですが…。『TWO HALF』を作ろうという摩季さんの中でのスタートは、どういうものだったんですか。
大黒(以下O):プロになる前から、エッセイというほどのものではないんですけど、なんかこう小さいノートに書いたものが溜まっていたんですよね。だから、発想はあったんですけど、音楽にずっとのめり込んでいたんで。で、ある時、スタッフと音楽の話とか、これからについて話しているうちに、「いずれ本が出したいんだよね…」って、初めてエッセイ集という話を他人(ひと)にしたんです。
それからは毎年何かにつけ、「出したいんですけどね」って、まるでマインドコントロールするかのように言い続けてました(笑)。でも「自分の本分である音楽がある程度軌道に乗ってきて、余裕が出来てきたらやればいいじゃない。二足のワラジを最初から覆いて、どっちも中途半端になるのはいけないんじゃないか」という思いもあったので、書き続けながら潜伏していたわけなんですよ。
それが昨年あたり、「そろそろ出そうか」「待ってました」って話になって…。本当にそれだけのことなんですよね。だから自分の中でスタートはずっと前にしていて、直接的に出そうということになったのは、昨年の5、6月です。

●音楽とは違う、文字だけの表現に関心を持ったのは、音楽に関心を持ち出したのとほぼ同時期でしたか。
O:最初は、恥ずかしいのかどうなのか、歌詞にわけの分かんない英語とか並べたりしてて、日本語に対してそう執着ってなかったんです。それが、中学、高校に入って邦楽にも触れるじゃないですか。そうすると必然的に日本のロックがカッコ良かったりして、それでなんとなく日本語ってものが素敵だなと思えるようになってきて。
 ただ、小さい時から気分的に書きたい時に書いていたものを、両親がまめにとってくれていたものですから、それを読み返してみて、そのときそのときの気持ちというのはそのときしかないんだって当たり前のことに気付き始めて、それで書くようになったんですね。
●初めての本が出来上がった時の印象っていうのはどうでした。アルバムとは当然違うものはあったでしょうね。
O:意外とあっけないものなんだなって。なんか人との付き合いと似ていて、人に何かを言いたいっていう気持ちがあると、それを言うまではすごくモンモンとしているんですけど、言ってしまったらその言葉はもう相手のものになってしまう。
それは音楽も一緒ですね。出してしまって、相手に届けてしまったら、もう相手の心のものだというのと同じなんです。それに、出来上がる前に何百回って読み返して細かいチェックをしていますからね。
きっと、作っている間に感動しまくってるんでしょうね。

●じゃあ、文字の表現で、自分の可能性とか表現の幅という意味で何か広がった感じというか、今後広がるだろうなっていう雰囲気とかはないですか。
O:それは、あんまりないんですけど、ただ、何でもやって出来ないことはないっていうのはありましたね(笑)。私も本読むのがすごく好きで、いろんなジャンルを読むんですけど。
自分の書いたものを読んでると、たどたどしかったり、「摩季語」が前面に出ていたり、自分で句読点打ちたいという気持ちのところしか打たないとか、わがままなんですよ。でも、音楽もそうでしょうけど、制約って自分で作るんだって。
そういう風に書かなきゃいけないと思ったら終わりだなと思って。そういう意味では、私の中に、それこそ根拠のない可能性がいっぱい出てきましたね。
●音楽っていうのは、言葉と一緒にメロディーがあって、リズムがあってという構成じゃないですか。文字だけで、曲がついていないっていうのに制約された感じはなかったんでしょうか。
O:そうですね。音とかアレンジとかも含めてメロディーがあると助けられるという部分ってありますよね。同じ熱い思いでもサウンドが熱いから「熱い」って言わなくても分かる。だからもうちょっと違う表現が出来るっていうのがありますけど。文字は、言葉を突き詰める、その前に、自分を突き詰める作業になるんですよね。これはシンガーとしての私にもきっと役立つんだと思うんですけど。文字の上だけの制約、それから逆に歌詞とメロディーがある中での制約っていうのが、パズルのように楽しめると言うかね。

●この『TWO HALF』が出来て、当然いろんな人から反応があったと思うんですよ。まあ周りのスタッフも、家族の人も、ファンの人もそれこそいろいろあったでしょ。そんな中で何か印象的な感想ってありました?
O:(笑)いやー、もうなんか笑っちゃうんですけどね。「大黒摩季さんって悲しい恋をしているんですね」って(笑)。「そこまで悲しい恋をしているからこそ、前向きな音楽が出来るんですね」って帳尻まで合わせてくれて(笑)。だれだって、自分の中で感じることって大げさじゃないですか。 だからそういう風になるのかもしれませんね。ただ、感じない人間にだけはなりたくないと思っているし、自分の中で自分の感情をごまかすのは、もっと嫌なので。それを書いているだけだから、あーそういう風に思われるのかなって。
●でもね、僕は摩季さんに初めて会った時に、摩季さんが「そんなに簡単には自分のすべてはお見せしません」って笑ったのがすごく印象に残っているんですけどね。 この本読んでると、大分見せてもらったなって感じます(笑)。
O:そう思うでしょう(笑)。いやー、まだまだあるんですよ。人生という長いスタンスで見ると、たぶん、もっとダークな部分もあるでしょうし、後向きとか、卑屈っていうものもあるし、きっといろんなものがあるんですよ。あの本はあの時期に自分が読みたいものをいろんなサイドから抜粋してきたものですからね。

●まだまだある…。きっと、そういう返事だろうなと思っていましたけど(笑)。
O:予想どうりでしたか、しまった(笑)。

●じゃあ、『TWO HALF』と同時期に、曲のセレクト、リミックス、リマスタリングなど、それこそ身を削ってリリースしたベストアルバム『BACK BEATs #1』についても聞いておきたいんですけど。ベストアルバムをリリースして出来た大黒摩季というシンガーを摩季さん自身はどう思いますか。
O:まぁ、なんとも思わないっていうんでしょうか。リアレンジしたものとかを聴かれて「これかっこいい」って言われても、そんなにうれしくないんですよね。もちろんたくさんの人に改めてシングルの楽曲を聴いてもらえたのはうれしいんですけど、一つ一つ聴いてもらっているんじゃなくて、ダイジェスト盤ですから。自分としてほとばしる感情みたいなのは、出て来ませんでした。 オリジナル曲を本当に初めて世に出して、それを皆さんに聴いてもらった時の感動に比べれば、こんなくらいでしたね(親指と人差し指で小さな輪を作る)。

●でも、感慨というのはなかったですか。それこそここまで来たとか、振り返ってみて「ああ、私ってこんなにヒット曲があったのか」みたいな。
O:思い出的に感慨深いものはありましたけど。ああこの時こうやって、これが出来たんだとか、あの時はこういう恋をしてましたとかね。それこそ、自分の写真アルバムを見ているようで。ある意味ではあれを聴くと、振り返ってしまいそうで嫌だから家では聴かないんですよね。 なんだか前に行く自分が止まっちゃいそうで。
 一個一個に強烈な思い出があって、普段だと前ばかり見ているから、そんな記憶はないって感じで忘れているものが、鮮烈に浮かび上がってくるんです。そうしたら、なんで今こんなに頑張っているんだろう。あの時より自分は成長しているだろうし、なのになんでこんなに、どんどんどんどんクリエイティブに関して、苦しい思いをするんだろう、おかしいな、とかね。いろいろ後ろ向きになってきますよね。そんな変な効果があります。だから確かにすごく感慨深いですけど。
●いい意味でも悪い意味でも…。
O:そうですね。結果的には出して良かったんだと思いますよ。自分から音楽がわき出てきて作るって、もう慣れている作業じゃないですか。そんな流れからすべてを見直したり、いろいろ考えたりのきっかけになったもんですからね。

●じゃあこのベストの後は今までにない音を作ってやろうだとか、ちょっと周りを驚かせてやろうとか、そういう大きなもくろみがあるわけではないんですね。
O:そうですね。今までも、もくろみがあったわけじゃないんですけど。売れていなかったからこそ出来た「別れましょう私から 消えましょうあなたから」とか、たまたまやったことを他人(ひと)がやったことなかったりとか。 なんかそういうハプニングがうまく回ってきたと思っているんです。
逆に私なんかは狙ってやろうと思った時には、意外とズルッて滑るのが多くて(笑)。 だから自然とこの後も、クオリティーに対して誠実にっていうんでしょうか、自分のイメージに近付けるためにどんどんどんどん入って、突き詰めて、音楽そのものがもっと自分の中でレベルアップしていくようにと思っています。
人としても、もっともっとレベルアップしていって。 私が理想の女性像に向かって歩いていくことで、きっとみんながびっくりすることが出て来たりね。 自分に制約つけないでいると必然的に皆さんがびっくりされるようなのが、自分にも予知できないところで出来てくるような気がするんですよ。

●このベストアルバムのエンディングがライブの絵が浮かんでくる「ROCKs」じゃないですか。あえてこの曲をエンディングに持ってきたっていうので、摩季さんの気持ちがさらにライブに向かったなって喜んでるんですけど(笑)。
O:私って毎年うそついているみたいですよね。今年こそは本当にね。やっぱり自分が熟してくるのと同じように、周りも熟してこないと。なんか「じゃあ仕方がない、やろうか。そんなに言うんだったらやろうか」みたいなのは一番嫌だし、私が悪者みたいな感じは絶対嫌(笑)。みんなで「そうね、そろそろやりたいね」っていうのがいいんですよ。こういうのが私の小さな抵抗で(笑)、楽曲でライブっぽいのをいっぱい作って、「やろうよ、やろうよ」って言ってるんだと思いますよ。
●じゃあ、これをエンディングに持ってきたのもその小さな抵抗だったりするわけなんでしょうか。
O:そうでしょうね、きっと(笑)。今の自分ってお家の中に閉じこもっているって感じはしますよね。お外でみんなで、青空の下で音楽を通してお友達と遊びましょう。もう一回、そういう元気ハツラツな子供になりたいですよね。 まあ、そのお家の中で自分をよく突き詰めないと、またお外の友達とも仲良く出来なくって、いじめられちゃったりするんでしょうけど。 自分ではそれは十分出来たと思ってて、今度はお友達とけんかしても何してもいいから、お外でパッと遊びましょうみたいな気持ちですね。
●そのライブっていうのは、いつごろかって話になるんですけど。
O:ラジオ番組で公約した通りに、12月31日スタートでもやります(笑)。とにかく、年内スタートでってことは目指していますけど。
●分かりました(笑)。

●じゃあニューシングル「熱くなれ」ですけど、これは、NHKのアトランタオリンピックの番組のテーマ曲ですよね。最初にこの話を受けた時の気持ちを聞きたいんですけど。
O:いやー、もう即答でしたね。私は逆立ちしても、選手としてオリンピックに出ることなんて出来ないじゃないですか。だからお話をいただいただけで、単純に参加したいって思ったんですよね。 バレーボールのワールドカップなんか見ていても、一緒に泣いて、一緒に騒いで、その場にいたいなって思ったりするわけで。スポーツ見てる時って、選手の方達に、普段生きている自分をオーバーラップさせて、ここで負けないでほしいって思っちゃう。 そういう上で4年に一度のオリンピック、4年後にまたお話がくるかといえば、どうなんだろう? と思いながら、今しかないって。それがそのまま詞に入っているんですけど。「参加したい、させて」みたいな感じでしたね。音楽って立場で本当に参加させて下さいってぐらいに。

●天下のNHKのオリンピック番組ということで縛られたりっていう部分はなかったですか。
O:私たちの持っているNHKのイメージって、すごく”国営放送“って感じで、官僚的で、限りなく役所に近いじゃないですか。これが意外と、それこそ外見と違うんですよ。クオリティーやクリエイティブに対する考え方はやっぱりすごいなって思いましたね。だからこっちが探り合う部分で、言葉遣いとかこの方がいいんじゃないかと、こそくにやったりするとちゃんと見抜かれて「大黒さんのそのままでいいんですよ」って逆に、盛り上げてくれたりとかね。 そういうイメージってないじゃないですか。「9時5時で、皆さんさようなら、おやすみなさい」って感じなんですけど、そうじゃないんですよ。改めて感動するところはいっぱいありましたね。
●それにしても参加している意識っていうのが大黒摩季らしすぎますね(笑)。
O:(笑)ほとんど選手状態というか。走り高跳びという競技があったら、高い声で挑戦とかそういう感じなんですよね。
●なるほどね。摩季さん、自分でスポーツは?
O:昔バレーボールをやっていました。だからワールドカップで泣くんですよ。今回負けて悔やしくて悔やしくて。もう一回あるからお願いね、次負けたら「本当にもう」って感じなんですけど。オリンピックの時は、「私、テーマ曲書いているんだから、もう頑張って!」とか、わけの分かんないヤジ飛ばして、テレビ見て大変でしょうね。
●(笑)国営放送のNHKのオリンピックっていうところで、摩季さんが「国民的シンガー」という存在にさえなるかなって気がしているんですけど。
O:そしたらもうやばいですね(笑)。
●やばいですか?
O:ええ。私は駄目ですよ。だって『ちょっちゃん』の古村比呂さんのようになるわけですよね。それは嫌です。もうそのイメージを破りまくるような行動をとるでしょうね。私はそんなんじゃないって自分のためにとんでもない曲を作りそうですよ(笑)。 なんせ、隔たりとか枠が嫌で、とにかく自由でいたいもんですから、囲いが出来た段階でもう、なんか本当のろくでなしになりそうで、怖いですよ自分が。

●じゃあ、国民的シンガーなんて言われ出したら、早いうち…。
O:手を打っておかないとね。
●とんでもないシングルを。
O:すでにそういう傾向ありますけどね。この「熱くなれ」の後とかに、私の中にそろそろ文句が出てきて、文句ソングが出来そうだなってね。「別れましょう〜」や「夏が来る」以上のね。ほとばしるんじゃないかと思ってます。NHKの人達にご迷惑をかけないようにしないと(笑)。
●うちの読者はタイアップというものに、ビジネスというにおいをかぎ付けるみたいで、あんまりいいイメージじゃないようなんです。そういったことをあるバンドのギタリストに話したら、彼はクリエーターとして、他人にオーダーメードの服を仕立ててあげるような満足感を求めてやっているんだって答えてくれて、僕はその言葉に結構納得させられたことがあるんですけど、摩季さんはそういうのとちょっと違いそうですね。
O:そうですね。もっと、わがままかもしれないです。私は、そのままの私自身を選んでくれないんだったら、もう選んでくれなくていいという感じかな。 自分が百パーセント完全燃焼することで相手に応えるというか。私は自分が完全だと思ったことは、絶対触れられたくないっていうのがあるんです。
 タイアップがビジネス的なにおいが強くて嫌だっていうのは、すごく私自身にもあるもので、ビジネスだけどビジネスだと思ってたまるかって気持ちが、根っこの部分にあるんですよ。 陶芸家とかみたいに職人的な発想ですかね。私はザラザラのお皿しか作れないけど、これだったら何百枚でも作りましょう。 色が違うんだったら、いくらでも作れるんだけど、ただ、その材質だけは変えない。そういうタイプでしょうね。

●それこそ、オーダーメイドでいったら、自分はこういう形しか作れないんだから、「あんたが体格合わしてよ」みたいな感じなんでしょうか(笑)。
O:そうですね。合わしてっていうよりか、もうないのこの形しか(笑)。「Lサイズないんですか」って言われたら、「ないの」みたいな。(笑)。
●本当によく分かりました(笑)。この曲はタイプ的にいうと、ハイテンションなユーロビート風ですね。
O:そういう感じだとは思うんですけど、私はひとくくりにして”帰って来た大黒摩季“と呼んでいるんです(笑)。もちろん、96年代のサウンドにはなっていると思うんですけどね。自分で歌入れの前にスタジオで聴いてる時にハッとして、「大黒摩季さんが帰って来ましたよ」って思いました(笑)。 『U. Be Love』や、『DA・KA・RA』のころのテイストとかも入っているし。 好きなものぶち込んでいったら、ああいう形になったんで、ポジション的には何て言ったらいいのか分からないです。

●聴いたときには懐かしい面もあるのかなって。
O:私、間奏のサックス音の手前のストリングスが入ってくるところのパーラパーっていうのが、あの「DA・KA・RA」っぽくて…、「うーん、もう、葉山さん!」みたいにお互いにが笑いしながら作りました。きっと欲しているんでしょう。 『LA.LA.LA』のアルバムはもっとソフトだったけど、ビートがガンガンきているものに、帰る時もあるんでしょうね。 それに、前が「あぁ」でしたから。あの落ち着いた雰囲気に、それこそ自分で酔っていて、今度は明るくはじけたくなったんですよね。
●詞もあえてスポーツに直結していない。さっき言った「合わさないぞ」っていうところが明確に見えてきますけど。
O:やっぱ、見えますか。小さな抵抗が(笑)。

●詞の中の「正義が社会を救えないなら」ってところがあるじゃないですか。たぎってますよね、あれって。
O:最近の、正しい人が報われない、頑張った人が報われない世の中に、「もうどういうこと? どうすればいいの!」みたいな文句ですね。 テレビでニュース見てても、頑張っていそうじゃない人がもうかっているのって「どういうことなの」って言葉が出ちゃう。音楽業界っていう枠の中でも、あるじゃないですか。言いたいこと言って、正しいこと言ったからといってそれでいいわけでもないってとこが。そんな憤りが、テレビを見てたり、新聞を見たり、友達と話したりする中で、すごく私の中に蓄積してたと思うんですよ。 こんな状況の大本を形作っているのって一体だれなんだい? って、そういう気持ちに自分の中で入り込んじゃって、そんな言葉になってたと思いますね。
●自分の中で、ボーカリストとしてのこの曲に対してのテーマとかゴールはあったんですか。
O:たぎってやる、ちくしょう! ですね(笑)。 いやー、やっぱり、「あぁ」はどちらかと言うと、声を張り上げてはいるんですけど、どっかその詞のマインド的なところが押し殺し系だったじゃないですか。「それでも、信じて頑張ろう」っていう感じで。でも、今度はガーッて声を出したくなったんです。
真っすぐな感じで歌いたかったものですから、必然的にビブラートが入ったり、出すところはビブラートなんて関係なくダーッって出していたりとか、自分の中でそういうメリハリはありました。 押さえるのも、出すのも感情を止めない歌を今回はやってみようって。 テクニック的なことは止めて、歌詞に忠実に、メロディーに忠実にっていうかな。

●さて、「熱くなれ」と同時期に発表される「風になれ」ってシングルは、ゆうあいピック北海道大会のテーマソングだということですが、ゆうあいピックについてちょっと教えてもらえませんか。
O:知的障害者の方たちのスポーツイベント…国体みたいなもので毎年開催場所を変えて行われているんです。 今年は北海道っていうことで、私はそこのジモティー(地元)だし、両親なんかも、そういった福祉的な活動をずっとやってきているので。そういう関係がありましたし、もともと私も興味があったものですから、それこそお話があった時に、これもまた即答で、とにかく誠心誠意いいものを届けたいって思いました。 非売品なんですけどね。これまたいい曲なんですよ。 自分でいうのもなんなんですけど(笑)。
●曲調は「熱くなれ」と比較すると穏やかなフィーリングですね。 これはゆうあいピックに向けて作った曲ですか。
O:この「風になれ」は、もともと曲や詞の断片があったんですけど。 そのお話をいただいた時に自分で書き直した部分はいろいろあります。 ぶっきらぼうにザクっていうんじゃなくて、すごくきちんと彼らの心にも伝わるように、ご両親にも伝わるようにって。私からのメッセージは「とにかく頑張って下さい」のひと言なんですけどね。 細かいところで、歩きやすいテンポ感とか、入りやすいアレンジとか、言葉が不自由な人達もいるんで、それこそ最後の方では一緒に歌えるとか考えつつ、誠実に作ろうってことでね。

●そうなんですか。あの曲にそういう心遣いがあったとは恥ずかしながら気付きませんでした。でも、何だか感動しましたよ。
O:本当に入っちゃう方なんでね。客観的に作ってあげる側と思えばいいのかもしれないですけど、それこそアトランタオリンピックと同じで、私は選手なんですよ。頼まれた日から、競技別の…。 だから、選手のみなさんがご両親に対して、こういうこと思ってればいいな、とか、その思いがご両親に届けばいいなっていう思いで詞も成り立っています。オリンピックも他のタイアップもそうなんですけど、材質は変えないよ、だけど、おリボンとかは私が思う素晴らしいのを付けてあげる。 箱は箱で何色がいいんですか? とか、そのオプションに関してはいくらでも、こちらからまずプレゼンテーションします。

●「熱くなれ」と「風になれ」っていう2曲は、表現とか表情は違うにせよ、何だかルーツは同じだけど、育った環境の違う2人の兄弟みたいな印象を勝手に持ってるんですけど。
O:そういう気持ちでは作ってないんですけど…。 でも、ゆうあいピックに出場している私とオリンピックに出場している私は必然的に違う私ですから、そういう感じになるんでしょうね。 なりきりがきっとそうなんでしょう。今、お話をうかがって「あっ、そうなのか」って自分で納得しましたね(笑)。

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