Valentine D.C.




3月21日、ヴァレンタインD.C.の超強力アルバム『All is Vanity』が発表された。「周りのこと考えへんぐらいに自信過剰にさせてしまうアルバム」とKen−ichiがインタビューでも語ってくれていたが、その強気な発言もうなずけるほどの力作である。セルフプロデュースによって完成されただけに、はじけるようなサウンドから現在の彼らが何のオブラートに包まれることなく感じることができ、聴いていて実に気持ちいいのだ。メジャー三枚目のアルバムなのだが、そういう意味では1stアルバムだと言えよう。そして、4月の後半からは、そんなアルバムを引っ提げてのツアーも予定されており、地元である大阪は本誌の創刊2周年記念イベント『SEEK』となっている。
今年、絶対に目が離せないヴァレンタインD.C.。そのボーカリストであるKen−ichiとギタリストのNaoyaが、自慢の最新アルバムや本誌イベントについて語ってくれる。

このアルバムが俺たちに財産を与えてくれた

●前回のインタビューで「ジェイロックで全ぼうを明らかにする!」と言った通り、アルバム『All is Vanity』の全ぼうを明らかにしてもらいたいと思います。まず、バンドにとってどんなアルバムができましたか。
Ken−ichi(Vo):毎回、デビュー作というつもりで作っているんですよ。それが正直な話、やっと形になったって感じ(笑)。今までのアルバムも、一枚一枚に個性があったと思うけど、今回はアルバムの個性じゃなくてヴァレンタインD.C.の個性が形にできたんじゃないかと思ってるんですけどね。
Naoya(G):今回のアルバムはセルフプロデュースだったんで、困った時にだれも助けてくれないし、全部自分たちで細かいところまで深く入り込んでお互いのプレイをチェックしないといけない。逆に自分たちで自分たちのイメージに到達するまで何度も録り直したりして、その中で一番気持ちよくプレイできたところを自分たちでチョイスしてるから、何のフィルターも通ってない現時点の自分たちの精神的な状態とかが、音に反映されているはずだと思っているんですよ。だから、本当の意味での俺たちの集大成。

●僕もそういう意味では、このアルバムはヴァレンタインD.C.の1stアルバムだと思いました。それこそインディーのころから着ていたビジュアルとかの重たい鎧を、1st、2ndとどんどん脱ぎ捨てて、今回のアルバムでフルチンになった感じ(笑)。歌詞にしても、曲にしても、サウンドにしても全然ポーズ付けたところがなくて、「これがヴァレンタインD.C.や! 文句あるか!」というような、開き直りじゃなくて、はじけ切った説得力がある。それだけに、自信を持ってこのアルバムのレコーディングに挑んだんじゃないかと思うんですけど。
Ken−ichi:作っている最中は、セルフということですごく不安も多かったんですよ。それはバンドのメンバーに対しての不安もあったのかもしれない。もしくは自分に対しての不安。自分がベストなものをチョイスできるのかというね。だからそういう意味では、最後にでき上がった音を聴いた時に「できたんだ!」という自信が持てましたね。これは全曲に対して言えることなんですけど、後悔を残したくないと。今まで“良いモノ”を作るために削られた部分に対して、後々になって後悔することが多々あったんですよ。今回も自分たちでかなり削りましたけど、後悔を残すぐらいなら削らないとか、足さないというやり方でやったのが、正解だったと思う。
Naoya:今まで基準がセールス的な商品価値というところだったのが、今回は俺たちの中での作品価値というものでしかなかったんですよ。だからフルチンのアルバムができたんじゃないかと(笑)。それがいい形しているか、悪い形しているかは分からないですけど、ピュアな俺たちの形をしているんじゃないかな。
Ken−ichi:最終的にでき上がって、自信を持っちゃったのはしょうがないことでね。裸にしろ、やり方がどうにしろ、最終的にはでき上がったものが判断基準であって、それが俺らに…はっきり言って周りのこと考えへんぐらいに自信過剰にさせてしまうアルバムができたもんやから、しょうがない(笑)。
Naoya:気持ちの中では無敵だよな。
Ken−ichi:今までも「このロック業界で俺らの敵になるもんはおらん」って言ってましたよ(笑)。ただね、それをわざわざ口に出さなくても「3月21日を待ってみろ」みたいな気分になれたのは今回が初めてやないかな。ファンの手元に届くのは3月21日やけど、その手前でいろんな人が聴いて、それの反応をちょこちょこ言ってくれるわけじゃないですか。口裏を合わせたかのようにみんな「すごく良くなった。分かりやすくなった」と言ってくれて、やっぱり最初にあった自信がどんどん過剰になっちゃう(笑)。これはしょうがないことかなと。
Naoya:確かに自分たちの中で作品的にクオリティーの高いものができ上がったと思うんですけど、その他に今回のレコーディングで、お互いの力量に対して改めて感激できたんですよね。

●改めてメンバーを尊敬できたと。
Naoya:何かね、スピーカーから出てくる音を聴いて、カッコいい!って思っちゃうんですよね。もう体感。理屈抜きで、素直に認めてしまいましたね。お互いが共鳴し合えた。
Ken−ichi:、このアルバムは、そういう意味での存在価値だけでいいやと。別に世の中に広がらなくて、自費出版で自分たちだけで作って「みんなようやったな」っていうアルバムでもいいという気持ちがある。
Naoya:そういう精神的なつながりという面で、このアルバムが俺たちに財産を与えてくれたみたいなところがある。

●レコーディングの時はどんな雰囲気だったですか。セルフプロデュースだけにいろいろ悩んだと思うんですけど。
Naoya:悩んでいる時の顔ってあると思うんですよ。その時にKen−ichiが見た俺の顔が、今までと違ったらしいんですよ。
Ken−ichi:違ってた。絶対にある程度、悩まなかったらウソですよね。ちゃんとクリエイティブな作業をしてるんやから。ただその時に、以前のNaoちゃんだったらギターブースから「ソロが浮かばない」って戻って来たって、空気がどんよりしてて、こっちも掛ける言葉もなかったんですよ。今回は煮詰まって戻って来ても、笑いながら帰って来るんですよ。もしくは冗談を言いながら帰って来る。そういう状態だと俺らも話かけやすいじゃわけないですか。「今の良かったけど、あれはこういうのんがええんちゃうか」って。別にNaoちゃんは俺らを意識してたんじゃないんですよ。俺らの気分をほぐすためにわざとニコニコして出てきたんじゃない。
Naoya:そんな器用な人間じゃない(笑)。
Ken−ichi:だから、“悩める”ということが、すごく楽しかったんやと思う。自分の中で煮詰めて、悩めて、答えが出せるというのがね。今までは悩んでしまうとだれかから答えが出てしまう。

●そのためにプロデューサーがいるわけですからね。
Ken−ichi:そうそう。悩んでしまうとその人からの答えになってしまう。それは悪いことじゃないんですけど、できるもんなら自分から出したいから、煮詰まると焦ってしまうんでしょうね。でも、今回はどれだけ時間がかかろうが最終的に出すのは自分の答えであって、自分の音であるという自信もあったから、すごく前向きな悩みが今回見られた。
Naoya:今回は自分たちだけでやるんで、合宿をやったんですよ。レコーディングをする曲に関しても、レコーディングの前日の夜中にもう一回、チェックし合ったりとかね。録りの直前まで「グルーブが違う」とか細かいところまで突き詰めてましたね。ただひたすら一つの…グルーブだったら、グルーブのことだけを考えられていた。すごく環境が良かったってのもありましたね。

●そうやってメンバーが作ったオケに、Ken−ichiさんが歌を入れるわけじゃないですか。結構、気合も入ったんじゃないですか。逆にプレッシャーがかかった?
Ken−ichi:いくら曲作りの段階でみんなが「こんなふうにしよう」とギターとかベースを入れてても、俺が違う歌い方をすれば、違うものができるんですよ。そういう自信は昔からあるんで、歌入れに対する悩みとかはなかったんです。言い方は悪いんですけど、「俺が歌えば形になる」と思ってた。

●じゃあ、自分が歌うことによって、曲をもっと良くしてやるとかは?
Ken−ichi:俺が歌うことによって100が120になることは、やっぱりあると思うんですよ。でも、それを目指しているんじゃない。ただ、できてきたもんの上に気持ちよく乗らせてもらって、みんなのエネルギーを受けたボーカリストとして歌いたいだけ。あくまでもイメージ論ですけどね。それで120になってれば幸いです。

●今回は今まで以上に気持ちよかったんじゃないですか。
Ken−ichi:曲ができてきた段階で、「今回は気持ちよく歌えるやろな」ってのがありましたよ。俺の歌い回しってあるし、やっぱり好きな歌い回しもあるしね。そういうのを作曲者が分かってきた…“分かってきた”という言い方はおかしいな(笑)。みんなが歩み寄ってきたんだと。だから、今までは自分の歌い回しじゃないと思ったところは変えたりしてたんだけど、今回ほどそのまま気持ちよく歌わせてもらったことはない。
Naoya:Ken−ichiから影響を受けたり、Junから影響を受けたり、Takeshiから影響を受けたりというのは、お互いあるから、その分みんなが向かう方向に自然と向かっちゃうんですよね。不思議なもので。
Ken−ichi:バンド内でこんなにお互いのことを言うのは気持ち悪いねんけどね(笑)。
Naoya:褒め殺し合いかって(笑)。
Ken−ichi:実際、そう言わなしゃあない。このアルバムを語る上では、ここから話さんとしゃーない(笑)。俺がキッズやったころって、人のそんな話を読むと気持ち悪かったし、「うそつけー」とか思ってたんやけど、違うんやなって。やっぱりそう言わなしゃーない。でき上がった時は、いつも感動しているけど、今回はそれが最大。

●それは、今、Naoyaさんが「みんなが向かう方向に自然と向かっちゃう」と言ってましたけど、そう思えるようになった時期に、セルフプロデュースすることができて良かったのかもしれませんね。
Ken−ichi:いろんな意味でね。時期も、単純にメンバーの年齢とかも。いい時期に、思う通りのアルバムができた。

●曲順を決めるのに苦労はしなかったですか。
Ken−ichi:ちょっと苦労したかも。「全曲シングルにできる」という言い方をしてたんやけど、それは今までもやってきたんですよ。どの曲をシングルにしてもおかしくない出来にするというのはね。逆にそれが足を引っ張って、みんないい曲やからどの曲がいい曲なんか分からんと(笑)。そういう意味では、今回もそう。曲調は分かれていると思うんですけどね。だから、結構悩んでね、“死”をテーマにしている歌詞の曲があったりするから、その次に「初恋」はないだろうと(笑)。でも、最終的にはそういったことは抜きに、単純に曲の並びだけで決めたんですけど。

●1曲目が「パラシュートが必要だ」だったのは、意外だったんですけど、何度も聴いていると今のヴァレンタインD.C.を象徴しているような気もしてきて、1曲目というのがうなずけたんですよ。
Ken−ichi:あんまりカッコいいことは言わずに、ガツンと出したかったんですよ(笑)。
Naoya:アルバムとして戦略的な部分がなかった。だいたい1曲目というのは「ノリノリのアップテンポの曲で引き込んでおいて…」ってあるじゃないですか。そういうのではなくて、「パラシュート〜」は俺たちにとって新境地的なところもあると思うんですよ。
Ken−ichi:でも、1曲目は曲が全部出そろった瞬間に決まってたような気がする。
Naoya:うん。これで始まったら単純にカッコいいだろうなって。
Ken−ichi:唯一、狙ったのはそれと対比させて「鎮魂歌(レクイエム)」で終わったこと。後は、ラフに組み立てた。レコーディング中に「そろそろ曲順考えなあかんな」と言ってる時は、まだ曲が完成してなかったし、歌詞の流れとか考えてたから、悩んだけど、曲が出そろったら早かった。

●個人的には、「カセットケース」〜「Hear This Booing」の流れがすごく気持ちいいと思ってるんですよ。
Ken−ichi:一番、レパートリーが飛んでいる部分じゃないかな。目まぐるしく変わるところですね。
Naoya:それを気持ちよく感じてくれているというのは、きっと俺たちと同じ感性を持っているんですよ(笑)。
Ken−ichi:今回のアルバムはね、言い方は悪いですけど、どんな曲順でも「きっと、こういう意味なんやろな」と勝手にとらえてしまう説得力を持っていると思うんですよ。さっき「パラシュート〜」を1曲目にしたことに、「きっとヴァレンタインがこんなことを出したくて、やっているんだろな」って言ってくれてましたけど、「カッセトケース」でも同じようなことを考えてもらえると思うんですよ。確かにいろいろ考えた部分が伝わったところもあるけど、それ以上に深読みしてくれている場合が多い。だから、自分らが思っている以上にいい作品になりつつある(笑)。

●このアルバムを作る前に曲作りや歌詞とかでテーマみたいものはあったんでしょうか。例えば歌詞を読んでみても、全然飾っていないし、自分のボキャブラリーだけで書いたような、それこそコンセプトアルバムという言葉がありますけど、それをこのアルバムに当てはめればコンセプトが“Ken−ichi”になりそう。
Ken−ichi:実際、そうですね。歌詞はいろんなスタイルがあると思いますけど、たまたま俺のスタイルは俺のことを書く。できるだけ飾らない言葉で、俺のボキャブラリーだけでね。新しい言葉が必要なために、何かをよそから持ってきたりとかしない方ですから。そういう意味では自分で見てもボキャブラリーが増えましたよ。昔の俺だったら選ばない言葉…同じようなボキャブラリーを持っていても、チョイスの仕方が変わってきた。
Naoya:今の段階でね、小さなところでコンセプトを決めちゃうともったいないような気がする。やりたいと思っているものを素直に出せば、丸裸の俺たちの感性だとか、精神的な部分とかは、絶対にストレートに伝わるんじゃないかな。この四人だけでしかやってないんだから、でき上がって聴いてみたらトータリティってあるはずだから。
Ken−ichi:そういう意味ではウチは古臭いし、カッコ悪いかもしれないけど、「ソウルでしょ! まずはスピリッツでしょ!」というのがある。俺が何でミュージシャンであり、シンガーというものをやっているのかと言うたら、スピリッツを伝えたいというのがすごい基本にあるから。その大枠さえ外さなきゃ、何でも自分の思った通りの音になると思っている。
Naoya:人間的なところというのは、やっぱり「俺たちがやっているんだ!」というか、自分のスタイルというものを伝えたいじゃないですか。いつも言っているんですけど、自分の気持ちが手に伝わって、弦をはじくわけじゃないですか。それが音になって、伝わればいいと思いながらやっている。

●ダサイ表現なんですけどコンセプトが“ヴァレンタインD.C.”ということですよね。
Ken−ichi:そうそう。聴かれたら、そう答えなきゃしょうがない。

●Ken−ichiさんは歌詞を書く時は、曲を聴いてから書いているんですか。
Ken−ichi:俺は基本的に歌詞をためたりはしないんで、曲を聴いてイメージすることから始まって…どうしてもその時に言いたいことがあればね、言いたいことから曲を探す作業もするけどね。でも、大抵は曲を聴いた時にワーっと沸いてくるイメージで。例えば「これは恋愛のことで悲しいだろうな」というイメージから入ったら、その瞬間にパッと心が恋愛の悲しい位置にいますから(笑)。そっから素早く書いちゃう。

●作曲者のNaoyaさんに「どんなイメージで書いたの?」とか聴くことなく?
Ken−ichi:あっ、たまに聴きますね。任されている自信があるんで、あんまり聴かんようにはしてますけど、ふと気になった時は「これは恋愛? 夢? 悲しい? 楽しい?」という聴き方をしますね。でも、それはNaoちゃんだけでなくて、メンバー全員に聴いたりしますけどね。

●歌詞が乗った時は、作曲者としてはイメージに合ったものが返ってきてますか。
Naoya:だいたい仮題を付けてますからね。曲を作った時に、まあ数字でもいいんですけど、愛着があるから仮題を付けるじゃないですか。それが曲のイメージを象徴する場合って、たまにあるんですよ。だから仮題を見てイメージを膨らませて歌詞を書いたりすることもあるみたいですね。

Naoyaさんって曲を作るのはMACで?
Naoya:イメージが伝わる程度に大枠だけですけどね。

●それはメロディーまで?
Naoya:メロディーも一生懸命歌って渡します(笑)。
Ken−ichi:MACで作ってると言ったらすごくカッコいいけど、実はMACをMTR代わりにしてるだけやな(笑)。
Naoya:ちょっといい音で録れるかなって(笑)。

●今回のアルバムの「野良犬」って、生ギターでジャカジャカ作ってそうですもんね。
Naoya:基本はやっぱりアコギを持って、一発録りのラジカセを前に置いて、歌いながらタラタラって弾いて「あっ、これいいな」と思ったら、そのままラジカセに録る。
Ken−ichi:一番の基本はそのアナログやったりする(笑)。
Naoya:それを最低限イメージが伝わるようなデモテープにして、持って行くって感じ。

●今度はライブのことを聴きたいんですけど、最近のヴァレンタインD.C.のライブを観ていると、すごく変わってきたと思うんですよ。
Ken−ichi:変わってると思います。やっぱりライブって瞬間的なもので、頭で考えていてはできない部分とか…パッと思った瞬間に筋肉が動くということが平気で起こり得る世界なんですよね。反射神経じゃないけど、熱いモノを触ったと思う前に、手が耳たぶに行っているってことがあるでしょ。それに近いものがあって、その動きに自分がびっくりする。昔からそれを感じる瞬間があったし、「これがライブなんや。楽しいな」とは思ってたけど、このごろはそれが当然。逆に頭で考える部分というのが非常に少なくなってきている。だから、俺、歌詞をよく間違えてしまうんですよ(笑)。
Naoya:ダイレクト・イン、ダイレクト・アウトの世界だからね(笑)。ファンの子たちの反応を観て、それがそのまま俺たちの顔とか、音とかに出てしまう。

●逆に、そう考えるようになったから、ライブが変わってきたんじゃないですか。
Ken−ichi:だから、「変わってるんでしょう」としか言えないんですよ。変える作業というのは今までもしましたけどね。例えば「こういうふうに観えるには、どうしたらいいか」と考えてた時期もあったし、そのために衣装やメイクとかいろいろにチャレンジしてきたけど、どんな格好しようが、どんな動きをしようが、最終的にはやっぱりスピリッツは変えられなくて、それが一番大事ということが分かったんですよね。

●スピリッツは重要ですよね。
Ken−ichi:それがそのままライブに反映されているということが変わった要因やと思うんですよ。昔は反映したかったのにできなかったからね。だから、「変わった」という言い方しかできない。でも、俺は変わったというのがベクトルが変わったとは全然思ってなくて、同じ方向を向いたままで変わったと言いたい。ベクトルの矢印が向いている方向に進んだだけだと。スピリッツは変わってないんやからね。実際、俺だけやなくて、メンバーを観てても、ほんまにインディーズのころから言うてることは変わらん。「ええ加減、大人になれよ」と言うぐらい変わらん(笑)。逆に熱くなったんじゃないかな。Naoちゃんにしても、もっと冷静やったような気がする。それが最近、感情型になってきた。
Naoya:“その時、その時の気持ちを大切に”というのがあるからね。そうじゃなきゃウソくさい。唯一、自分の根源にあるコンセプトに素直に…まあ「素直になるように」と親に“直也”って付けてもらったんですけど(笑)、やっぱりそれが一番の基本にないと伝わらないと思う。ライブはやっぱりみんなと…一体って言うと大げさかもしれないけど、俺がステージに立って演奏しているじゃないですか。それをお客さんが観てくれて、その反応を観て俺も熱くなるみたいな。そういうところを大切にしてきたいと思ってますね。

●そんなライブが体験できる、アルバムを引っ提げてのツアー『All is Vanity TOUR』が4月の後半からスタートするんですけど、その意気込みは?
Ken−ichi:やっぱり全国を回るのは久しぶりなんで、前回どれだけ種をまけたかということが、ちょっと疑問。

●それがどれだけ育っているかを観に行く?
Ken−ichi:いや、種がまけたかどうかが疑問なんですよ。だから、今回はそれがどれだけ育っているかを観に行くんじゃなくて、もう一回種をまきに行きたい。今回のアルバムの曲をやれば、どんな土壌であれ種をまけると思っているんでね。今まで何回もやっているところでも、もう一回まきに行きたい。やっぱりデビュー作やからね(笑)。

●そのツアーの大阪公演は本誌のイベント“SEEK”なんですけど、イベントとなると種のまきがいがあるんじゃないですか。
Ken−ichi:まきがいがありますよ。それも人のところの田んぼにね(笑)。

●人の田んぼってのがアインスフィアの田んぼなんですけど、相手にとって不足なしって感じですか。
Ken−ichi:俺らがインディーズ時代に唯一ライバルと言ってしまったバンドですからね。ジャンルは違うから、同じタイプの音楽を愛する人に対して種をまくことは難しいかもしれないけど、基本的にアインスと俺らが持っているスピリッツというものは一緒やと思っているから、同じものを感じられるお客さんがいたら、勝てると思っている。客を取るとか、取らへんじゃなくて、とりあえず俺はその場では勝てると思っている。こんなこと言うてたら、アインスのファンに嫌われるかもしれへんけど(笑)。でも、勝てると思っているからね。

●今回のイベントはそのつもりで出てもらわないと、和気あいあいになったら面白くない。やっぱりバンドが刺激し合わないと、バンドが成長しないしね。
Naoya:でも、単純にアインスフィアと一緒にできるのは楽しみですよ。今まで何回かやってきて、勝ち負けじゃないですけど「もうちょっと俺たちやれたのにな」と今になって思うことも少なからずみんなにあると思うんでね。今はメンバーの中ではすごく自信が付いてきているわけだから、逆にリラックスしてできるんじゃないかな。でも、メラメラとどっかにあるのかも(笑)。
Ken−ichi:俺はあるよ。友達やけど、メジャーになってからアインスのライブは一回も観に行ってない。あっ、一回、パワーステーションに観に行ったのかな。でも、そこで「お疲れさま」って言うのもいいかもしれへんけど、俺はその場にいない方がいいと思っている。

●ライバルだから?
Ken−ichi:う〜ん、やっぱり俺の中でライバル視してたんかな? ライブを観たいのは観たいんやけどね(笑)。

●じゃあ、バンドが刺激し合うイベントが期待できそうですね。