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矢沢永吉


 SEの音がかき消されるほど観客の手拍子と”永ちゃんコール“が響きわたる場内。まだ、薄暗いステージの中央に真っ白なスタンドマイクが見えていた。
 オープニングナンバー「the NAME IS…」のイントロがスタートし、まばゆいライトに包まれたステージに目を細めていると、その視界の片隅に一人の男が入り込んでくる。矢沢永吉。彼はマイクを奪い取り、歌い始める。それは定番とも言える彼独特のポーズだったが、矢沢永吉のボーカリストの衝動と本能が形を成した瞬間にも取れる姿だった。
 当日、全くといっていいほど行われなかったボーカルリハーサル。その大半は演出面に使われ、彼は指示を出し続けていたが、そのときの大声と今日までに終えた31本のライブのせいだろうか。少し声の出が悪い。しかし「普通シンガーは10曲目くらいでヘタって来るんだけど、僕は最初の出が悪いんですって。で、5曲目くらいで一定するんですよね。一定して10曲目くらいに、もう落ちてくるかなって思ったら、今度は上がって来るんだって。それでアンコールになったらもっと声が出てる」、以前彼がインタビューで語っていた言葉が頭をよぎる。そしてまさにこの言葉通りだったのは、本当に驚きだった。3曲目、7曲目と進んでいくに連れて、声がどんどん伸び、力強くなってくる。さらにその歌声は、じわじわと聴く者の心にしみ込んでくる。なぜ、彼の歌声はこんなにも響いてくるのだろうか。
 矢沢永吉は確かに個性的な良い声を持っている。バラードは絶対的な説得力を持って届き、ハードなナンバーはサウンドと共にその圧倒的なグルーブで体を突き動かす。そして矢沢永吉は今年で48歳、キャロルでデビューして25年というオヤジだ。十二分にキャリアがあり、そのキャリアだけでもボーカリストとしての実力は証明されている。しかし、ステージから届く矢沢の歌声には、そんな「ウマイ・ヘタ」とか「年齢」とか「キャリア」とか、そういう理由を一掃してしまう力があった。1万人の観客に対して1対1で向き合っていると思わせる強力なパワーが感じられたのだ。それはやはり目の前に広がる、彼のステージを1年間心待ちにしてきた観客に対する気持ちなんだと思う。愛するファンに向けて、愛する音楽を伝えたいという、単純でありながらも大切でピュアな気持ち。その気持ちを彼は決して失わず、忘れず、25年間やってきたからこそ、こんな歌が歌えるのだ。そんなボーカリスト矢沢に対してオーディエンスも決して引けを取らない。席に座って耳を傾けたり、立ち上がって歓声や手拍子を送るなど、全身でその気持ちを表現している。そこに語りかけるボーカル。包み込むボーカル。迫るボーカル。曲が終わった瞬間に見せる矢沢の最高の笑顔からも、彼の歌や気持ちが一方通行で終わっていないことが伝わってきた。
 中盤には弾き語りで「雨のハイウェイ」。そしてストリングスとコーラスを迎えた「いつの日か」。声が絶好調になってきたこの辺りで、声の魅力がストレートに伝わるナンバーで迫られると背筋がゾクゾクするほど興奮してくる。一転して「しなやかな獣たち」「ピリオド」の激しいナンバーが披露されると、五感が刺激されて全身が震えてしまうほどだ。しかしそんな中で、「これがボーカリストの本来の姿なんだ」ということを頭のどこかで確信している自分もいた。歌で感情に伝える…それこそがボーカリストなんだということを。

 今夜のライブでボーカリスト矢沢永吉がオーディエンスに伝えた歌は、彼のスピリッツと生き様と愛情が詰まった本物の歌だった。それはボーカリストとしてだけでなく、ミュージシャンとして、人間として輝いていなければ歌えないものだ。歌の持つ力や意味を理解せずに歌にたずさわるという狂った関係が成立している日本の音楽シーン。彼の歌は、そのシーンにおける矢沢永吉という存在の偉大さを証明している。